2005年09月10日

蒲生氏郷〜田舎なんて嫌だよ・・・〜

蒲生氏郷.jpg久しぶりに歴史のお話です。今日の人物は蒲生氏郷です。戦国時代が好きな人にはかなり有名ですがそうでもない人には誰だそりゃ?って感じかもしれません。とりあえず言えることはエリート武将です。しかしそれだけではつまらないのでなんかエピソード交えて紹介していきます。幼少期は信長の人質でしたが信長はその才をすぐに見抜き、娘を嫁がせ武将の末席に加えました。当時知勇兼備の武将として名高かった稲葉一鉄は「このガキは尋常じゃない武将になるぞ」と言っていたそうです(ちなみにこの稲葉一鉄は頑固な性格で頑固一徹の言葉の由来になったと言われています)本能寺の変で信長が死ぬと氏郷は秀吉に味方し伊勢松ヶ島12万石を与えられました。ここは現在の松坂です。そして小田原の役後、会津に転封されます。以前書いた伊達政宗の押さえだと言われています。しかし秀吉としては優れた資質の持ち主である氏郷を中央から遠国に置くのが狙いだったようです。実際、氏郷はこの転封が決まった後「これでは天下は望めない」と嘆いたそうです。氏郷はその後も秀吉政権下で反乱などを抑えて92万石まで出世します。しかし1595年に急死します。40歳の若さだったため秀吉による暗殺疑惑すらでています。くせものの伊達政宗が隣国にいることや天下人である秀吉に危険視されていたためストレスがたまっていたんじゃないですかね。この蒲生氏郷が関ヶ原の合戦まで生きていたら歴史は変わったでしょうか?実際のところ大きな変化はなかったでしょう。しかしそういった想像をかきたててくれるほどの名将だったことは事実です。最後に氏郷の格好いいエピソードを紹介します。新しく召抱えた者に「戦場で銀の鯰(なまず)尾の兜をつけた者を見かけたらその者に負けぬ活躍をせよ」と氏郷は言いました。その新参者は戦場で尋常でない活躍をしている銀の鯰尾の兜をつけた者を見かけました。言うまでもありませんね。蒲生氏郷その人だったそうです。ボブ夫のどうでもいいことでした。

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posted by ボブ夫 at 23:40| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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